2008年06月28日
本徳寺(船場御坊さん)
レンガ造りの工場から帰りに船場本徳寺に寄ってみました・・・


ここも、あちこちが朽ち果てはじめていますが、子供の頃の懐かしい思い出の場所です・・・
大きな本堂が『どかーん』とあります~



ここの大きなそり屋根のカーブがなんとなく好きです
船場御坊さんは、東本願寺(真宗大谷派)の別院で、
姫路船場別院・轉亀山(てんきざん)本徳寺というのが正式名称だそうで、
1492年に本願寺第八代蓮如上人の命により、お弟子さんたちが播磨国『英賀の浦』に道場を建立したのが始まりで、
その後、姫路・亀山の地に移築され、浄土真宗の東西分派の流れによって、
1618年姫路城主・本多忠政の時代に真宗大谷派(東本願寺)船場別院本徳寺としてこの地に創設されたそうです。

約6600坪の境内には、1718年に落慶された17間四面の本堂や、
明治天皇が姫路に訪れた際にご宿泊された行在所(あんざいしょ)と呼ばれる建物、
西南戦争や勤王志士の碑、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜が造ったといわれる城の模型等が、
ひっそりとたたずんでいます。(『ひめのみち』より引用)
参照:姫路市文化財課HP
ここも、末永く残って欲しい古きよき佇まいを残す由緒あるところです。。。
ここも、あちこちが朽ち果てはじめていますが、子供の頃の懐かしい思い出の場所です・・・
大きな本堂が『どかーん』とあります~
ここの大きなそり屋根のカーブがなんとなく好きです

船場御坊さんは、東本願寺(真宗大谷派)の別院で、
姫路船場別院・轉亀山(てんきざん)本徳寺というのが正式名称だそうで、
1492年に本願寺第八代蓮如上人の命により、お弟子さんたちが播磨国『英賀の浦』に道場を建立したのが始まりで、
その後、姫路・亀山の地に移築され、浄土真宗の東西分派の流れによって、
1618年姫路城主・本多忠政の時代に真宗大谷派(東本願寺)船場別院本徳寺としてこの地に創設されたそうです。
約6600坪の境内には、1718年に落慶された17間四面の本堂や、
明治天皇が姫路に訪れた際にご宿泊された行在所(あんざいしょ)と呼ばれる建物、
西南戦争や勤王志士の碑、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜が造ったといわれる城の模型等が、
ひっそりとたたずんでいます。(『ひめのみち』より引用)
参照:姫路市文化財課HP
ここも、末永く残って欲しい古きよき佇まいを残す由緒あるところです。。。

この記事へのコメント
Posted by べっちょない
at 2008年06月28日 00:29

Posted by わっち
at 2008年06月28日 00:38

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